弁天町 「ちくま」     住所・地図等へ 全店一覧へ 

  まず新宿区には町名がやたら多い。そしてひとつひとつの町の領域が極めて狭い。きっと昔からの町名をできるだけ残すという方針からこうなっているのかな、と思う。そのせいかこのお店もガイドブックを見ても「弁天町2番地」としか書いてない。しかしそもそも弁天町の中の2番地がどこかが分かりにくい上に枝番が表示されていなので2番地が広いと結局かなり歩きまわることになる。  何が言いたいか。要するにこのお店も目立たないのでついついその前を通り過ぎてしまい、探し当てるのに時間がかかったということである。
  ところが、である。「急がば回れ」と言うべきか苦労して見つけたこのお店は素晴らしいお店であった。ガラっと戸を引いて中に入るとお客はいない。右側がカウンターで奥に4人がけのテーブル、左側にテーブルが2つあった(かな?)というかなり狭い店内である。カウンターに座るとこの狭い空間にもうご店主と二人きりである。
  品書きに目を通すと蕎麦屋の定番メニューがずらっと並ぶ。蕎麦メニューで目を惹いたのは「節句蕎麦」である。端午の節句は5月5日にちなんで五色蕎麦、桃の節句は三色という具合である。しかし、喉がとても乾いていたので、メニュー分析もそこそこにビールを頼み、散々迷った末に何故だか「かき揚げ」をおつまみで頼む。もっと簡単に作れるものを頼めばよかった、となんとなく的外れな後悔(だって、自分ひとりが客なのだから手の込んだものでもいいはず)をしながらも、やおら野菜を包丁で切る様や海老を剥く気配を感じながらなんとなく期待感が高まって行く。
  それでもまだ客は自分独り。一体このまま二人の空間でいくのだろうか?と思ったその瞬間、戸が開き次のお客が。そしてまた。あれよあれよ言う間に狭目の店内は満員に。
  と、思っている内にかき揚げが出来た。(「来た」というより「出来た」という感じ。)出来たかき揚げをご店主がカウンターの中から出てきてテーブルまで持って来てくれる。色は思っていたのよりちょっと濃い目だったがとにかく上手に上がっている。天かすが「わっ」と載っているのも私好み。くずしててんつゆでいただく。これが美味。どう表現していいのか分からないが天ぷらとは、かき揚げとはかくあるべしという感じの仕上がり。更科堀井のかき揚げも美味かったがこのかき揚げも相当行ける。
  かき揚げを肴にビールをやった後「せいろ」を頂いた。出てきたせいろを見てびっくり。三色・五色などがあるからてっきり一茶庵的な麺が出てくると思ったらとんでもない。色は茶のような灰色のような青いような緑のようななんとも言えないいい色をしている。甘皮の破片も見えるような気がする。粗挽きなのだろうか。見るからにコシが強そうである。表面は僅かにザラついているかに見えるが、実はスムーズである。これをつゆ抜きで口に運ぶと強烈な芳香としっかりとバネのあるコシ。シャープなエッジ感も素晴らしい。田舎風な仕上がりではあるがボソボソ感は皆無。つゆはこれも驚きであるが甘汁と辛汁が出される。麻布十番の更科では堀井でも布屋太兵衛でもそうだが二種類のつゆが出てくる。それと同じ要領だ。しかし、ちくまの甘汁は甘いのだが重く出来ていて麺に絡む。力強い麺だけにこの絡み力はぴったりである。辛汁もこれもよく練れた返しが奥の深い味を出している。
  さて、店内は混み合って来たが、働いているのはご店主だけである。とにかく忙しい。皆が結構複雑な注文を出す。玉子焼きの注文も重なってきた。揚げ物も五色も。さあ、大変。しかし、これを大きな体のご店主がキビキビとした動きと段取りに対する研ぎ澄まされた感覚を駆使しながらつぎつぎとこなしていく。天ぷらを揚げながら、玉子焼きの焼け具合にも気を配り、油を丁寧に塗って行く。同時に五色のそばを茹でて最良の状態で出すのだ。慌てる様子もなく舟から麺を取り出し、さっと釜に入れて行く。悪いと思ったがここで私は「お勘定」と言わざるを得なかった。立ちあがると厨房の中がよく見えた。綺麗に盛られ始めた五色が見えた。私の食べた分だけ計算して、さっと戻り、茹であがった蕎麦をさっと上げる。氷水につけたところで、おつりをくれた。何たる超人的な動き!
  麺もつゆもかき揚げも凄いが、なんと言ってもこのご店主の動きが絶品である。あ〜、このお店、はまってしまいそうである。

新宿区弁天町2番地    03-3209-5796地図は左の住所をクリック)
月曜日 休み。 平日11:30-14:00 17:00-21:00 土・日・祝日 12:00-14:30 17:00-20:30

全店一覧へ

Home